痛みの伝導路だけでは説明不可能
痛みの感覚は、体の異常に痛みセンサー(侵害受容器)が反応して、発生した電気信号が神経を伝わり、それが脳に届くことで「痛い!」と感じます。これが最も基本的な痛みのメカニズムです。
ただこれだけでは、腰に異常がないのになぜ痛むのか?なぜストレスで痛みが起きたり悪化したりするのか?そして、なぜ痛みが長引いてしまうのか?という疑問に答えることができません。
そこから先は、脳で何が起きているか見ないと分からない世界です。近年、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を使うことで、脳の活動について詳しいことが分かるようになってきました。
慢性腰痛では脳の活動が変化する
腰痛は発症してからの期間によって、急性腰痛(4週まで)、亜急性腰痛(4週間~3ヶ月)、慢性腰痛(3ヶ月以上)と分けられます。このうち、亜急性腰痛から慢性腰痛に変わる時、脳に驚きの変化が起きていることが分かりました。
被験者の脳活動を調べたところ、亜急性腰痛では、脳の前帯状回・島皮質・視床など、体の痛みを感じる部位が反応していました。
ところが慢性腰痛になると、場所が変わって扁桃体・眼窩前頭皮質・内側前頭皮質などの反応が強くなりました。これらは認知・情動に関係する部位です。
意識の上では腰が痛いことに変わりはありません。しかし、脳の活動は時期によって全く違っていたわけです。
扁桃体の暴走
中でも、扁桃体は、怒り・悲しみ・不安・恐怖といったネガティブな情動に関わっていて、ストレスホルモンの分泌を起こします。すると交感神経の過緊張から、筋肉の緊張・血行不良、体の痛みへとつながります。
痛みとは本来、危険信号です。生きるために、体に起こった問題を知らせてくれる役割があります。しかし、慢性痛になるとその意味はなくなります。ストレスで扁桃体が刺激されることで、体に問題がなくても痛みがずっと続いてしまいます。そして、痛みはそれ自体がストレスとなってさらなる痛みを引き起こし、負の連鎖が続きます。
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ストレス・痛みの体験→扁桃体が活動→ストレスホルモン分泌→交感神経の過緊張→筋緊張・血行不良→痛み→さらなるストレス
脳が萎縮する
背外側前頭前野(DLPFC)は、判断・興味・意欲と関係があります。また、扁桃体の働きを押さえ込むように働きます。
健常者26名と、慢性腰痛患者26名をfMRIで比較した研究では、慢性腰痛患者の背外側前頭前野が健常者と比べて5~11%萎縮しているのが見つかりました。これは通常の10~20年分に相当します。
扁桃体の活動を抑えきれずに脳が疲弊してしまうわけですね。
Chronic back pain is associated with decreased prefrontal and thalamic gray matter density.
側坐核の機能低下
慢性腰痛の患者を調べたところ、側坐核の働きが低下していることが分かりました。側坐核は報酬や快感に関わっている場所であり、鎮痛にも関わっています。
嬉しいとき、楽しいとき、何かを達成したときなどに活発になる。そして、痛みを感じたとき、その痛みを打ち消すために活発になる。それが側坐核の特徴です。私達が日常、ちょっとしたケガなどで感じる痛みは、実は側坐核によってかなり弱められた痛みです。
ところが、慢性腰痛ではその働きが落ちてしまいます。つまり、健康な人よりもずっと痛みを強く感じてしまっている可能性が高いのです。
脳の中では、痛みと情動が結びついていた
このように、慢性腰痛では脳の働きに大きな変化が起きていることが分かっています。腰痛が長引いてしまうのは、普通の痛みとは違い、ネガティブな情動と深く結びついた痛みだからです。腰の状態を悪く解釈すれば、それだけで扁桃体が活動して腰痛は治りにくくなっていきます。
骨の異常や姿勢のゆがみを原因とする言説は、単に間違っているというだけでなく、不安を大きくするので脳に悪影響があります。反対に、正しい情報を仕入れて余計な不安を減らすことは、腰痛改善のための足がかりとなります。
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