本

昨年、講師として参加した鍼灸学生向けの講座がありましたが、今年も講師として参加することになりそうです。主に腰痛の話をする方向で進めているのですが、気になって自分が学生の頃使っていた教科書を確認してみて驚きました。

「坐骨神経痛・・・原因の80%は椎間板ヘルニアである。」

いや、それはないです。

私がよく取り上げているボルボ賞の論文がありますけども、痛みと椎間板ヘルニアが無関係とはっきり示されたのは1995年のことです。腰痛のない健康な人の76%に椎間板ヘルニアが見つかりました。教科書の80%に近い数字です。つまり、坐骨神経痛があろうとなかろうと、80%くらいの人にヘルニアがある、というだけの話です。原因と呼べるものではありません。

私が鍼灸学校で教科書を買ったのが2004年。論文から9年ではまだ教科書に載らないということなんだと思いました。ところが先日、鍼灸学校で教鞭をとっておられる先生に確認してみると、いまだに記述に変わりはないというのです。それは、、、ちょっと遅いのではないですか。もう21年も経っているのに。

昔は、異所性発火説というものがあって、神経を圧迫するとなぜかずっと離れた場所に痛みが出るんだと説明されていました。今こんな話をしている人はさすがにいないと思います。神経線維を圧迫したら麻痺するのが当たり前です。

異所性発火説はその後、圧迫ではなく炎症説に変わったようですが、ヘルニアがあるのに痛くない人が多数いることをどう説明するのでしょう。もしくは、ニセのプラセボ手術で痛みが改善する事実をどう解釈するのでしょう。

筋肉が痛んでいると考えるのが自然だと思います。すなわち、筋肉の血行不良と酸欠です。

実際、筋肉への鍼治療で痛みは軽減します。坐骨神経痛の症状が出ている大腿部や下腿部などに刺鍼して効果が見込めます。ヘルニアで腰に炎症があるのなら、足を治療して効くはずがありません。

腰痛の話をしようとして坐骨神経痛になってしまいました。

腰痛でいえば2012年に作られた日本の腰痛治療ガイドラインがあります。そこにはレッドフラッグという概念が出てきますけれども、これも教科書には登場していないんだそうです。だとすれば、非特異的腰痛もまだ載っていないかもしれません。

まだ作られて5年のガイドラインではありますが、その内容は欧米のガイドラインと比較するとさして新しいものでもありません。腰痛のレッドフラッグは少なくとも2000年より前から存在していた概念です。日本のガイドラインには脊椎固定術がクローズアップされていますが、世界的には推奨しない方向に変わっています。

これ、そのうち何が起こるか想像すると何ともいえない気分になります。

国試をパスして鍼灸師になったと思ったら、一般の国民の皆様よりずっと時代遅れの知識しか持ち合わせていない。そういう鍼灸師がたくさん誕生するという想像です。これはまずいでしょう。今ならご存知ない方もまだまだ多いですが、あと10年もしたら通用しなくなるのではと思います。

テレビでもヘルニアは心配ないという情報が流されている時代です。人によっては、DLPFCを聞いたことくらいはあるわけです。何といっても腰痛でお困りの方は非常に多いですから、腰痛に関心をお持ちの方も相当な数になります。

こうした状況を鑑みながら、さて限られた持ち時間で腰痛のどの話をしようかと頭をひねっている今日このごろです。