かつて考えられた腰痛の原因
腰椎椎間板ヘルニア、腰部脊椎狭窄症、腰椎すべり症、脊椎分離症、脊椎の退行変性、シュモール結節、潜在性二分脊椎、脊椎側湾症、骨盤傾斜・・・。これらは全て、背骨の異常につけられた名前です。かつて、レントゲンによってさまざまな骨の異常が見つけ出され、それらが腰痛の原因だと考えられていた時代がありました。
「かつて」と書いたのは、これら骨の異常はどれも腰痛の原因ではないことが判明しているからです。半世紀以上ほど前、こうした骨の異常は、腰痛のない健康な人にも同じ割合で存在することが分かりました。
骨の異常は、ホクロやシワのようなごくありふれたもので、腰痛とは関係のないものでした。世界の腰痛診療ガイドラインでは、レッドフラッグのない腰痛に対するレントゲンは推奨されないと書かれています。レントゲンを撮っても治療期間は短縮されず、放射線被爆のデメリットも大きいからです。
同様に、炎症や捻挫も腰痛の原因ではありません。昔は、痛いのは炎症のせいだと考えられていましたが、CRPをはじめとした炎症の所見は腰痛には見られません。何より、強力な消炎作用を持つステロイド剤が腰痛には効きません。
また捻挫とは、関節が本来動く範囲をこえて無理やり動かされて痛めたものをいいます。足首ならまだしも、普通に生活していて腰を捻挫することはありえません。アメリカの腰痛診療ガイドラインでは、全く科学的根拠のない無意味な病名として、腰部捻挫・腰部挫傷があげられています。
老化も腰痛とは無関係です。腰痛が多いのは20~40代で、50歳以上はむしろ少なくなります。また腰痛の発症率は、国や地域によって11~84%もの差があります。老化ではこのバラつきを説明することができません。タンザニアの狩猟採集民族・ハザ族にいたっては、腰痛患者が1人もいません。腰痛という言葉すら存在しないのです。腰痛が人類の宿命であるはずはありません。
旧来の治療で増える腰痛
このように、かつて考えられてきた原因はどれも腰痛とは無関係であることが分かりました。しかしながら、現在でも古い考えに基づいた医療はなくなっておらず、有効性に乏しい治療が繰り返し行われています。その結果、医学はどんどん発展しているにも関わらず、腰痛患者は増え続けてしまっています。
日本では、過去15年間で腰痛が40%も増加しました。アメリカでは、腰痛治療で最も優秀なのは鍼灸などの補完代替医療であり、最も治療成績が悪かったのが病院の旧来型の治療だったという報告があります。
最新医学から見た腰痛
国際腰痛学会によると、腰痛と関連が最も深いのは心理社会的因子、つまりストレスです。ストレスは単独で、腰痛を引き起こす原因となります。
人はストレスを受けると、いわゆるストレス反応を起こします。コルチゾールというホルモンが増え、心拍数が増え、呼吸は浅くなり、筋肉は固く緊張します。闘争か逃走反応とも呼ばれるこれらの反応は、動物としての本能に根ざしていますが、現代社会におけるストレスを解決することは出来ません。解決できないストレスが蓄積すると、脳の働きに変化が起こります。
慢性腰痛の患者は、脳の扁桃体という部分が過剰に働いていることが発見されました。扁桃体は、怒り、悲しみ、不安などのストレスと関係が深いところです。また、扁桃体の働きを抑えこむ前頭葉は萎縮し、痛みをコントロールする側坐核は働かなくなってしまうことが分かりました。
これらの脳の機能異常は、うつ病に見られる異常でもあります。全く別の疾患だと思われていた腰痛とうつ病ですが、研究の結果が一致したのです。うつ病では患者の80%が腰痛を合併するといわれますが、ストレスの観点から見ると非常に近い疾患だったということです。
腰痛の原因に脳の機能異常があることは、痛みの研究者の中では共通認識となっています。
レッドフラッグとイエローフラッグ
・レッドフラッグ
- 初発年齢が50歳以上
- がんの病歴がある
- 原因不明の体重減少
- 安静にしても痛みが軽減しない
- 感染症の疑いがある
- 脊椎叩打痛がある
- ステロイド剤の使用歴がある
- サドル麻痺(馬尾症候群)
レッドフラッグがない腰痛は、グリーンライトと呼ばれる安全な腰痛になります。また、レッドフラッグがあっても、病院で調べて何も見つからない場合はグリーンライトになります。
しかし、中にはレッドフラッグがないのに長引く腰痛にお悩みの方もおられるでしょう。腰痛を長引かせる要因のことをイエローフラッグといいます。イエローフラッグとは心理社会的因子、つまりストレスです。ストレスは腰痛発症の原因であるだけでなく、慢性化にも関わっています。
・イエローフラッグ(ストレス)の例
- 家族・知人の死、自分や家族の怪我や病気
- 結婚、離婚、夫婦別居
- 就職、失業、転職
- 社会的な責任の変化、生活状況の変化、労働条件の変化
- 親戚トラブル、上司とのトラブル
- 借金、法律違反など
腰痛を恐れない
一番大切なことは、腰痛を恐れないことです。世の中には、腰痛を怖がらせる情報が蔓延しています。姿勢が悪い、骨盤が悪い、負担をかけるのが良くない、老化の影響だ、など様々な記事が出ています。しかし、これらは残念ながら科学的には間違った情報です。間違った情報を信じて腰痛を怖がれば、それがストレスとなって脳の扁桃体が過剰反応して、かえって腰痛が再発・慢性化しやすくなります。
腰の骨も筋肉も、負荷をかけると発達して頑丈になります。腰が痛くても、普通の生活を続ける方が早く改善します。腰痛は安静に寝ていると、かえって治りが遅いことが判明しています。運動は腰痛の予防効果があります。動いた方が腰には良いのです。
さらに、世の中には様々な腰痛の治療法が存在しています。情報を集めて、ご自身に合いそうな治療があれば試してみるといいでしょう。当院は鍼灸治療で腰痛の治療を行っており、おかげ様で好評をいただいております。鍼灸はストレスを下げ、自律神経を整え、痛みを抑えますので、腰痛にはとてもおすすめです。
参考になりましたら幸いです。
(適応症・腰痛の記事を加筆修正してブログに引っ越しました)
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