とある坐骨神経痛の患者さんとのやり取りです。名前はAさんとしておきます。
この方は、過去にヘルニアを経験しています。
A「3日前の朝起きたら痛くなっていて、そこから夜にはもう痛くて眠れない。今はお尻から足まで痛くてしびれてる。」
私「なるほど」
A「ヘルニアや。手術せなあかんかなぁ」
私「どうしてヘルニアだと?診断を受けましたか?」
A「いや、まだやけど。めちゃくちゃ痛いですよ」
この短い会話の中に、「認知の歪み」が含まれています。認知の歪みとは、事実とは異なる間違った思い込みのことです。
この会話の中で事実といえるのは、お尻から足まで強い痛みとしびれがある。これだけです。申し訳ないのですが、他はあまり正しいとはいえません。
第一に、画像診断なしにヘルニアがあるかどうか決めることはできません。坐骨神経痛は間違いありませんが、だからといってヘルニアとは限りません。梨状筋症候群の可能性もあります。
第二に、ヘルニアがあっても手術が必要なケースは3%にすぎません。手術が必要なヘルニアとは、麻痺があるものであり、感覚の消失を伴うものです。Aさんが痛みやしびれを感じている以上、必ずしも手術が必要なヘルニアとはいえません。
第三に、症状の強さや特徴からヘルニアの有無を判断することはできません。ヘルニアがなくても、同様の症状が現れることはありえます。
第四に、仮に画像診断によってヘルニアが見つかっても、それが痛みの原因とはいえません。過去の記事で何度も触れましたが、ヘルニアはほとんどの人に自然に見つかるものであり、通常は無害です。
顔のシミやシワのようなものです。
第五に、ヘルニアと診断された場合の治療法は、手術だけとは限りません。リハビリ、運動療法、投薬治療、鍼灸、マッサージ、脊椎操作、読書療法、認知行動療法など、複数の選択肢があります。
第六に、ヘルニアに対して手術は有効な対策の一つではありますが、絶対ではありません。初回の有効率は平均85%との報告があり、改善しないケースもあります。また、数年の長期で見ると自然治癒と差がありません。また、手術は2回目になると治療成績がガクッと落ちる傾向にあります。2回目の成功率は50%程度なので、改善するかどうか分からない賭けになります。つまり、手術は実質的に1回勝負なのです。
第七に、手術してうまくいけば良いのですが、仮にうまくいかなかった場合、症状をさらにこじらせてしまうことが懸念されます。手術しても良くならないくらい自分の腰は悪いんだと、マイナスの印象を強めることは、痛みの慢性化の強い要因になります。「自分は特別悪いんだ」と思い込むことで、ノーシーボ効果(ノセボ効果)によって本当に治療が効かない状態に陥りかねません。
ざっと書き出しても、このくらい認識にズレがあります。Aさんには、すぐにヘルニアだとか手術だとか考えてしまうのは違いますよ、ということをお伝えしました。
実際、まだ痛みが出て数日です。この手の痛みは6週間以内に半数以上が自然治癒するものですから、慌てるのは早すぎるのです。おそらく病院に行っても、痛み止めのお薬をもらって1ヶ月くらい様子を見ることになるのではないでしょうか。
とはいえ、そのくらい痛いということもヒシヒシと感じます。一日も早い軽快を祈りつつ、全力で治療を行ないました。