鍼灸は気の医学だと言われます。
それは正しいのですが、それがどういうことかを鍼灸師自身も勘違いしていることがあります。
それは、見えるものにとらわれてしまうからです。

気は見えません。
これは鍼灸師なら誰でも知っていることです。
しかし、知識として知っているからといって、本当に分かっているとは限りません。
ここを勘違いしていると治療を間違えてしまいます。
(非常に有名な先生でも間違えていることがあります。)

例えば、人の心は見えません。
あることは間違いありませんが、直接心を見ることは出来ません。
出来ることは、声とか表情とか、見えるものを手がかりにして推測することです。
たとえ相手の表情から、「楽しんでるな」と気持ちを読み取ったとしても、それは心そのものではないわけです。
ここで「笑顔=心の中で本当に楽しんでいる」と考えると、実は逆だったということも出てきてしまいます。

もし「気が見えます」という鍼灸師がいたら、私は怪しいと思います。
繰り返しますが、気は見えないのです。
すると、気とは何なのかを誤解していることになります。
これは東洋医学の前提を間違えていることになりますから、非常にまずいです。

気は見えません。
見えませんが、見えるものから推測することはできます。
人の心と向きあうことと同じように、鍼灸師は見えない気と向い合っているのです。

余談:これが分かると、難経十難が分かります。