例えば、「腰に負担がかかって腰痛になる」とします。これは非常にイメージしやすい話だと思います。でも、これを正しいとしてしまうと「腰痛は腰の負担を除くことでしか治らない」となってしまいます。

仮に、あなたが引越し屋さんの仕事をしていたとして、いつも重い荷物を運んでいるとします。そんなあなたが腰痛になると、それは仕事が原因であり、仕事をやめないと腰痛は治らないことになります。

しかし、事はそう単純ではありません。引越し屋さんが全員、腰痛を抱えているわけではないからです。「腰に負担をかけているのに腰痛にならない人」がなぜ存在するのでしょうか。

医学の世界では、ここで個人差という言葉がしばしば登場します。同じ条件でも、人によって腰痛になったり、ならなかったりすることはあるんだ、という説明です。多くの人はここで納得します。

しかし、ここで納得するわけにいかないのが鍼灸師という職業です。腰痛になるのが個人差によるならば、腰痛になった人はやっぱり治らないことになるからです。その個人差が何によって生まれるのか、どうすれば個人差を埋められるのか、という視点を持たないと腰痛は治せません。

幸い、鍼灸にはその溝を埋める術があります。しかし、何故治るのかと聞かれると、うまく伝える言葉がありません。それは日本語しか聞いたことのない人にドイツ語で話しかけるのに似ています。何を言っているのか分からないのです。そこで次善の策として、通じる言葉を選ぶことになります。

私も現代医学の言葉を使って説明しますが、鍼灸を正確に伝えきることは出来ないのです。きっとドイツ人も、日本語を話す時は「何かニュアンスが違う」と心のどこかで感じているでしょう。