「坐骨神経痛は、脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニアなどにより、神経が圧迫されて起こる。」
私が学生の頃はこの理解で通じました。試験においても、どの神経が圧迫されるとどの領域に痛みが出るかという問題が出されました。鍼灸の臨床実習においても、この位置に痛みが出るなら、この神経根が原因だから、そこに鍼をする。という方法論を習いました。
しかし、現実はこんなシンプルではありません。
症状の出ている場所と、ヘルニアのある場所が一致しません。L3-4のヘルニアなのに、S1領域に痛みが出ていたりします。右足に症状があるのに、ヘルニアが左にあることもあります。原因疾患が何も見つからないのに、坐骨神経痛が出るケースもあります。手術で治らない人がいる一方で、手術をしなくても治ってしまう人もいます。坐骨神経痛は、鍼灸師免許をとった直後の自分にとっては、よく分からない疾患ナンバーワンでした。
坐骨神経痛治療のナゾ理論
ある鍼灸師はいいます。「椎間板が飛び出したのなら、引っ込ませればいい。」どうやって?というのが率直な疑問です。言葉では椎間板が飛び出すといいますが、実際に飛び出る髄核はゼリー状になっていて、飛び出た後に固まってしまいます。ブロックをずらすように戻すことはできません。
「右に飛び出たのなら、左から圧がかかっているから、左の圧を下げれば解決する」と断言されたこともあります。椎間板ヘルニアは、アンパンをつぶして中のアンコが飛び出したようなものです。それを、1本の鍼でつぶれた部分を膨らませて陰圧を起こし、飛び出て固まったアンコを吸い込ませるというのです。不可能としか思えません。
「飛び出した椎間板を鍼で細かく砕いて、白血球による貪食作用を促進する。」という鍼灸師もいました。レントゲンの画像も見ないで、手の感覚だけでヘルニアの位置を特定し、重要な組織に傷をつけず、1本の鍼だけで細かく砕くことなど不可能です。白血球の貪食にしても、治療後に貪食がどの程度進んでいるのか、その鍼灸師がレントゲンで確認している姿を見たことがありません。
とある坐骨神経痛の患者さんにはこう言われました。「私は前にも坐骨神経痛になったけど、この鍼灸整骨院に通って治してもらった。」その方は脊柱管狭窄症でした。ヘルニアならまだ理屈がつけられるかもしれませんが、脊柱管狭窄症にそんな理屈はありません。マッサージでも鍼でも整体でも、狭くなった脊柱管を広げる効果はありません。脊柱管を広げるには手術しかないはずなのに、なぜか手術せずに良くなる人がいます。
もしかして、鍼灸の鎮痛作用が異常に強いのかもしれないと考えたこともあります。しかし、手術で使われる鍼麻酔という強力な方法であっても、刺激し続けなければ痛みが戻ってきてしまいます。坐骨神経痛が治ったということは、少なくとも数ヶ月は痛みが出ていないはずで、鍼の鎮痛効果がそれほど持続するとは考えられません。
この頃に抱いた疑問の山。幸い今はほぼ完全に解消していますが、こうした疑問の山はいま思えば、原動力であり財産でした。